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世の中ケセラセラ 何とかなるさ
会社で上司のいじめにあい、自殺経験2回、もうどうでもいいや、やけくそブログです。
余談です。3.母の屈辱 その19 母、父との思い出 2.母の屈辱 その18.老いて行く母 :1.母の屈辱 その17 俺、大学に行ってもいいの。
余談です。
3.母の屈辱 その19 母、父との思い出
以前、母は庭の草取りをしていて、手を鎌で切ってしまいました。そこが化膿し、病院に行き事無きを得ました。その帰り道、母「あそこの喫茶店によって頂戴、喉が渇いたわ」 私も少し小腹がすいたのでよることにしました。母は店の店員さんを呼び、「トーストと牛乳お願いします。」私も同じものを頼みました。テーブルに運ばれた牛乳は少し甘く味付られていて、美味しいです。お袋言います。「以前、けがをした時もお父さんにここに連れてきてもらって、同じものを食べたのよ、美味しかったわ」母はとても嬉しそうに話します。あんなに苦労かけられた親父でも、夫婦なんだ、私が親父にいだいている感情とは違うんだと痛感しました。

2.母の屈辱 その18.老いて行く母 
さらに月日は流れます。私も結婚し3人の子供を授かりました。家内は一番下の娘が保育園に行き始めると仕事に出るようになり、この3人の子供達の面倒は母が見ることになりました。朝、保育園に送り、そして、夕方迎えに行くのです。自分の役割があり、頼りにされている母は元気です。孫達もおばあちゃんと言って慕います。母は幸せそうです。でも、月日は流れるのです。子供達も大きくなり手がかからなくなりました。子供の送り迎えの必要がなくなり、母は役割のない隠居状態です。75歳過ぎるごろから少しおかしくなってきました。少し早いようですが痴呆の始まりです。


1.母の屈辱 その17 俺、大学に行ってもいいの。
月日は流れます。私が高校1年、由紀子姉ちゃんが21歳、良実姉ちゃんが24歳です。そろそろ、私も進路を考えなくてはなりません。母子家庭で特別頭の良くない私、高校卒業後は当然、就職を考えていました。いつものように食後の内職タイムです。良実姉ちゃん「龍ちゃんもそろそろ進路を考えなくちゃいけないわね、みんなで話し合ったんだけれど、龍ちゃんが進学したければしてもいいのよ、」 私「俺、大学へ行ってもいいの、お金あるの」 お袋「お父さんのお金も少し残っているし、私達3人も働くから」と言う訳で大学へ進学させてもらいました。喜んでばかりはいられません。良く考えると、私が大学を卒業するころ、良実姉ちゃんが30歳、由紀子姉ちゃんが25歳です。いい歳です。婚期を逃してしまいます。そんなことをしてもいいのかと考えましたが、末っ子の甘えん坊の私です。そのまま、工業大学に進学し、地元の企業入社しました。私が就職した翌年、良美姉ちゃんが31歳で見合いし結婚しました。その2年後に由紀子姉ちゃんが見合いし結婚しました。姉達は嫁ぐ前の日、「くれぐれも、お母さんのこと、たのんだわよ」と言って嫁いでいきます。姉達二人がいなくなって、お袋と二人です。内職タイムも無くなりました。当然会話も少なくなります。今、考えると、この内職タイムが家族のコミュニケーションを取る場だったのです。内職のおかげで、貧しい家族が団結できたようなきがします。
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2013/07/06(土) 22:52:43 | | # [ 編集 ]
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